日本パーカライジンググループ

日本パーカライジンググループ

年表

パーカライジンググループの沿革

 

1950年代

日本パーカライジング株式会社

1950年

本社を江戸橋に移転

1953年

大量生産に向けたコンベア方式によるスプラボンデライト装置の国産第1号機を納入

1958年

東京都小金井に技術研究所を新設

1950年代の写真(日本パーカライジング株式会社の広告)

パーカーエンジニアリング株式会社

1951年

東和通商(株)を設立 (資本金750万円)
スプレー式リン酸塩処理装置(スプラボンデ処理装置)の実用新案特許を取得し、日本パーカライジングの薬品販売に伴うスプラボンデ装置の設計製作を、主たる業務として発展

日本カニゼン株式会社

1955年

カニゼンめっき(無電解ニッケルめっき)の実用化に成功した米国GATC社よりライセンスを取得し、日本カニゼン(株)を設立
本社および東京工場を東京都江東区枝川に設置

1957年

東京工場にて試験操業開始

1958年

東京工場にて国内初の無電解ニッケルめっき操業開始

1955年の写真(日本カニゼン株式会社東京工場)

1950年代の写真(日本カニゼン株式会社)

パーカー加工株式会社

1956年

東洋冷機(株)川崎パーカライジング工場を吸収合併し、社名を京浜パーカライジングと改称

1959年

日本パーカライジング(株) 田端工場および荏原工場を譲り受け、社名をパーカー加工(株)と改称

1950年代写真(パーカー加工株式会社)

パーカー熱処理工業株式会社

1956年

東京都千代田区丸の内二丁目8番地に資本金200万円で日本熱処理工業(株)を設立

ミリオン化学株式会社

1957年

大阪市東淀川区田川通りにて創業

1954年

米WNBC局が世界初となるカラーテレビの本放送を開始

1956年

日本が国際連合に加盟

1957年

ソビエト連邦が世界初の人工衛星であるスプートニク1号を打ち上げ

1960年代

日本パーカライジング株式会社

1961年

東京証券取引所市場第2部に上場、資本金1億5千万円

1962年

デグーサ社(独国)と技術提携し金属熱処理に関する業務を開始

1966年

人工緑青処理を開発、皇居新宮殿の屋根に施工

1967年

東京証券取引所市場第1部に上場変更、資本金10億8千万円
台湾に中日金属化工を設立

パーカーエンジニアリング株式会社

1960年

日本パーカライジング(株)の傘下に入り、スプラボンデライト装置及び各種塗装、洗浄機、乾燥装置の設計・製作を開始
商号を新東和通商工業(株)と改称
欧米との技術提携により前処理のみでなく塗装綜合プラントの設計・製作を主たる業務とする
(株)日本パーカライジング名古屋工場を吸収合併し、パーカー産業(株)と改称

ミリオン化学株式会社

1961年

大日本塗料(株)と技術・販売提携し、東京、大阪、福岡に営業所を開設

1963年

業務の多角化を目的に、大阪府摂津市正雀に本社・工場・技術部を移転

1969年

尾道市に営業所を設立し、山陽・四国地区の業務を担当

パーカー熱処理工業株式会社

1960年

本社を東京都中央区日本橋江戸橋1-11に移転

1961年

大阪出張所を開設

1964年

新日豊化学(株)を設立
本社を東京都中央区日本橋2-16-9に移転

1966年

羽田工場を新設
平塚工場を新設

1967年

浜松出張所を開設

大関化学株式会社

1961年

大関化学(株) 創業

日本カニゼン株式会社

1963年

シューマー部門を設立 無電解ニッケルめっき液(シューマー®)の販売を開始 以来、各種の無電解ニッケルめっき液を開発し、様々な工業分野での需要拡大に対応

浜松熱処理工業株式会社

1965年

日本パーカライジング(株)の関連会社として資本金5,000万円で現在地(浜松市南区寺脇町)に会社を設立

1965年の写真(浜松熱処理工業株式会社外観)

1960年

日本でカラーテレビの本放送を開始

1962年

米GE社のニック・ホロニアックによって赤色LEDが発明

1967年

東南アジア諸国連合(ASEAN)が設立

1969年

アポロ11号に搭乗したニール・アームストロングとバズ・オルドリンが人類初の月面着陸に成功