日本パーカライジンググループ

日本パーカライジンググループ

年表

パーカライジンググループの沿革

 

1928年

日本パーカライジング株式会社

1928年(昭和3年) 7月

パーカーケミカル社(米国)より技術導入し、資本金15万円で東京市麹町区丸の内にて、防錆加工事業を社員9名でスタート

1928年の写真(日本パーカライジング株式会社のようす)

1928年

アレクサンダー・フレミングによって抗生物質(ペニシリン)が発見

1930年代

日本パーカライジング株式会社

1931年

東京工場で、鉄舟、戦車部品の防錆加工を受注

1936年

埼玉県川口のNHK無線鉄塔の建設に際し、りん酸塩皮膜による防錆加工実施

1931年の写真(日本パーカライジング株式会社東京工場)

1935年

米デュポン社のウォーレス・カロザースがナイロンの合成に成功

1936年

豊田自動織機製作所自動車部が日本初量産乗用車のトヨダAA型乗用車(のちトヨタAA乗用車)を完成

1940年代

日本パーカライジング株式会社

1944年

社名を日本化学防錆(株)と改称
軍需用と民需用の割合は9対1となる

1946年

日本パーカライジング(株)と旧名に復す

1948年

国産第1号の液体塗装下地用りん酸亜鉛皮膜剤「ボンデライトC」を製品化

1940年代の写真(日本パーカライジング株式会社)

パーカー加工株式会社

1948年

(株)城南パーカライジング工場設立

1945年

第二次世界大戦が終戦

1947年

国際標準化機構(ISO)が設立